第3回 アドヴェントは清らかに

 M先生から招待された。「アドヴェントを一緒に祝いましょう」というのだ。先生は大学のプロフェッサーである。十一月の最後の日曜日、私達一家は先生のご自宅にお伺いした。アドヴェント(ADVENT)とは、クリスマス前の四週間を指す。カトリックでは待降節、新教では降臨節という。さらに詳しく説明すると、クリスマスの四週間前の日曜日が第一アドヴェント、三週間前が第二アドヴェント、二週間前が第三アドヴェント、一週間前が第四アドヴェントでついに待ちに待ったクリスマスがやってくる。アドヴェントを迎えると街の広場などにクリスマス用品を売る市(クリスマスマルクト)が立つ。クリスマス商戦の始まりで、街はとてもにぎわうのである。クリスマスというと、十二月二十四日、二十五日だけで、デコレーションケーキをたべることと、子供が寝た後、枕元にそーっプレゼントを置くという、「日本型クリスマス」しか知らない私には、これから始まるドイツの一連のクリスマス行事がとても興味深かった。

 先生のお宅に着いたのは午後の三時を過ぎていた。雨が降っていて、それでなくてもドイツの冬は暗いのに、ますます暗い。日本だったら電気をつけて明るくするところだが、通された広いリビングルームにはローソクがたった一本、静かにともっていた。テーブルの上にはアドヴェントクランツ。クランツ(KRANZ)とは花環、環状のものという意味で、アドヴェントクランツはモミの小枝で編んだ輪のことだ。ここにローソクを立て、火をともす。「今日は第一アドヴェントなので、ローソクは一本です。」と奥様が説明してくださった。これで部屋のローソクの明かりは二本になった。

 さあ、お茶の時間だ。ケーキ、クッキー、アドヴェントの時だけ食べるとう砂糖菓子や、パンケーキなどが並ぶ。パンケーキは独特の香辛料が使われていて、日本では味わうことのできないものだ。薄く切って食べる。テーブルクロスはシックな茶色。生地は厚めで、縁のところにツリーと女の子の刺繍がしてある。金糸と銀糸を使っているのでキラキラ光って豪華だった。私がじっと見つめていると、奥様がほほ笑みながら、「クリスマスの時だけ使うのです。」とおっしゃった。私もほしい・・・。ここで子供達が大喜びするものを頂いた。アドヴェントカレンダーである。このカレンダーには仕掛けがある。日付は十二月一日から二十四日まで。カレンダーの日付を開けると中にチョコレートが入っているのだ。一つはヘンデルとグレーテル、もう一つは赤頭巾ちゃんの絵が書いてあった。「毎日チョコレートが食べられる!」と喜ぶ子供達に、奥様は丁寧な日本語で「イイデスカ、マイニチヒトツダケ、フタツハイケマセン。」とまるで学校の先生のように言い含めている。子供達も神妙な顔でうなずいているのがおかしかった。

 外はすっかり暗くなり、気温も下がってきた。先生が「暖炉に火を入れましょう」とおっしゃる。暖炉というものを体験するのは初めてだった。新聞を丸め、小枝をのせ、その上に薪をのせて火をつける。薪は一年ほど乾燥させたもので、パチパチと音を立ててよく燃えた。ソファーを暖炉の周りに移動し、皆で火を見つめた。火は暖かく、美しく、幻想の世界に誘う。はるか昔に、ゲルマンの火の祭りがあったという。先生は暖炉の火を見つめながら静かにものを考えるのが好きなのだそうだ。学問や芸術はこのような環境から生まれるのだろうか、などとうっとりしていたら、話は一気に現実的になった。奥様がおっしゃるには、暖炉は雰囲気があってとても素敵なのだが、管理がとても大変なのだそうだ。まず、暖炉の周辺はほこりが飛んで汚れる。また、暖炉を使った翌朝など、強い風がエントツから吹き込むと、灰が部屋中に飛び散って大変な惨状になることもある。それを嫌ってか、最近では暖炉を使う家は減っているという。どうぞ、明日は風が吹き込みませんように・・・。部屋が暖まったところで、奥様がワインとパン、チーズ、ハムを運んできてくださった。典型的なドイツの夕食だ。一般的に、ドイツの家庭の夕食は、煮たり焼いたりしない。火を使わないのだ。これをカルテスエッセン(冷たい食事)という。ご馳走が無いから冷遇されたと思ってはいけません。

 ここで、先生がチェンバロを演奏してくださる。ところで、チェンバロという楽器をご存知でしょうか。ピアノと同じような形だが、鍵盤の色がピアノと反対、音色はとても宗教的だ。クリスマス曲でいよいよ雰囲気は盛りあがる。ローソクが燃え尽きると、闇の中に暖炉の火だけが赤々と燃え続けている。アドヴェントは静かに、清らかに過ぎていった。

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